50代になって、仕事が分からなくなったわけではない。
むしろ、経験は増えた。
問題が起こりそうな場所も、過去の失敗からある程度は予測できる。取引先が何を気にするのか、上司が何を求めているのかも、若い頃より分かるようになった。
それなのに、若手社員へ説明しても、思ったように伝わらない。
少し強く言えば、圧をかけたように受け取られる。遠慮して言葉を濁せば、何を求めているのか分からないと言われる。
50代の中間管理職には、仕事そのものとは別の難しさがある。
経験はある。
しかし、その経験を今の職場に伝わる言葉へ変換できなければ、人は動かない。
仕事ができることと、人を動かすことは違う
若い頃は、自分が動けば仕事を前へ進められた。
難しい案件があれば自分が引き受ける。分からないことがあれば、自分で調べて解決する。
その積み重ねで評価され、少しずつ責任のある立場になった人も多いはずだ。
ところが、管理職になると自分一人が頑張るだけでは仕事が回らない。
部下へ仕事を任せ、必要な指示を出し、チーム全体を動かす必要がある。
ここで求められる能力が変わる。
自分で答えを出す力だけではなく、相手に理解してもらい、納得して動いてもらう力が必要になる。
しかし、多くの会社では、管理職になったからといって話し方や伝え方を体系的に教えてくれるわけではない。
昨日まで現場で結果を出していた人が、ある日から突然、
「部下を育てろ」
「チームをまとめろ」
と言われる。
うまくできない方が自然なのだ。
経験が増えたからこそ、説明が難しくなる
経験が増えると、仕事の全体像が見えるようになる。
一つの指示を出すときにも、その先で起きることをいくつも考えている。
過去の失敗、取引先との関係、上司の考え、社内の事情。
それらが頭の中でつながっている。
ところが、その考えをすべて説明しようとすると、話が長くなる。
逆に、
「これくらいは分かるだろう」
と途中を省略すると、相手には意図が伝わらない。
50代の説明が若手に伝わらないのは、知識が足りないからではない。
自分の中ではつながっている経験を、相手が理解できる順番に並べ直せていないことがある。
必要なのは、若手に迎合することではない。
これまで身につけた経験を、相手が受け取れる形に翻訳する力だ。
注意することさえ難しい時代になった
現在の中間管理職には、昔とは違う難しさもある。
部下へ注意するときにも、言葉を選ばなければならない。
厳しく言い過ぎれば、威圧的だと受け取られる可能性がある。
何も言わなければ、管理職として指導していないことになる。
だからといって、当たり障りのない話だけをしていても、仕事は改善しない。
注意するときに必要なのは、相手の人格を否定することではない。
問題となっている行動を整理し、何をどう変えてほしいのかを具体的に伝えることだ。
頭では分かっていても、実際の場面になると難しい。
忙しいときほど、感情が先に出る。
相手の反応を気にするあまり、必要なことを言えなくなることもある。
管理職の話し方は、流暢に話す技術ではない。
相手との関係を壊さずに、必要なことを伝える技術なのだ。
若手が理解できないのではなく、前提が違う
若手社員へ説明しても伝わらないと、
「最近の若者は理解力がない」
と思ってしまうことがある。
しかし、相手には自分と同じ経験がない。
自分にとっては当たり前のことでも、相手にとっては初めて聞く話かもしれない。
たとえば、
「普通に考えれば分かる」
「前にも言ったはずだ」
という言葉は、管理職側には自然に出てくる。
しかし、その「普通」が何を指しているのか、若手には分からないことがある。
相手に伝えるためには、
- 何をしてほしいのか
- なぜそれが必要なのか
- どの状態になれば完了なのか
を整理する必要がある。
経験のある人ほど、途中の説明を飛ばしやすい。
だからこそ、伝え方を学び直す意味がある。
AIで考えを整理しても、最後に話すのは自分
AIを使えば、会議の資料や文章を整理することはできる。
部下との面談で何を伝えるべきか、事前に考えることもできる。
自分の感情をそのままぶつけず、論点を整理する道具として、AIは非常に役に立つ。
しかし、AIが作った文章をそのまま読み上げれば、相手が納得して動くわけではない。
相手の表情を見て、言葉を選ぶ。
理解できていなければ、別の説明に変える。
反発していれば、なぜそう感じたのかを聞く。
最後に人へ伝えるのは、自分だ。
これからの50代には、AIを使う力と、人へ伝える力の両方が必要になる。
AIで自分の考えを整理し、それを自分の言葉で相手に届ける。
この二つがそろって、初めて仕事で使える力になる。
50代から話し方を学ぶのは恥ずかしいことではない
話し方を学ぶと聞くと、人前で緊張する人や、会話が苦手な人のためのものだと思うかもしれない。
しかし、仕事における話し方はもっと広い。
会議で意見を整理して伝える。
部下へ正確な指示を出す。
相手を傷つけずに、改善してほしい点を伝える。
立場が上がるほど、求められるコミュニケーションは難しくなる。
若い頃には必要なかった話し方が、50代になって必要になる。
だから、今まで学んでこなかったことを恥ずかしく思う必要はない。
むしろ、自分の役割が変わったからこそ、新しい技術が必要になったと考えればいい。
自分磨きは、若く見せることだけではない
50代の自分磨きというと、服装や体型、肌や髪などを思い浮かべる人もいる。
もちろん、見た目を整えることも大切だ。
しかし、これまで積み上げた経験を、周囲へ伝わる形に整えることも自分磨きになる。
若く見せる必要はない。
若い社員と同じように話す必要もない。
50代には、50代だからこそ伝えられるものがある。
ただ、その経験を相手が受け取れる言葉に変える必要がある。
それが、人生後半戦の自分をプロデュースするということだ。
話し方は、性格ではなく技術として見直せる
話し方がうまくいかないと、
「自分はコミュニケーションが苦手な人間だ」
と性格の問題にしてしまいがちだ。
しかし、仕事の伝え方は技術として見直すことができる。
話す順番を変える。
相手に求める行動を具体的にする。
一方的に話すのではなく、相手の理解を確認する。
こうした小さな変更でも、伝わり方は変わる。
自分の性格を変える必要はない。
今の自分に合った伝え方を身につければいい。
50代の経験は、伝わって初めて価値になる
50代には、若手にはない経験がある。
成功した仕事だけではない。
失敗し、遠回りし、悩みながらも会社員として働き続けてきた経験がある。
その経験は、これからの職場でも価値を持つ。
ただし、自分の中に持っているだけでは、周囲には伝わらない。
若手が理解できる言葉に変え、部下が動ける形にして渡す必要がある。
定年まで10年を切った今、学び直すべきものは資格やAIだけではない。
これまで積み上げてきたものを、人へ伝える力も再装備しておきたい。
仕事は分かっている。
それでも人に伝わらないと感じたなら、能力がなくなったのではない。
今の立場に合った話し方を、まだ学んでいないだけかもしれない。
50代からでも遅くない。
自分の経験を、次の世代へ渡せる言葉に変えていこう。


コメント