定年まで10年未満。再雇用か、新天地かを考え始めた

夕方のオフィス街で、再雇用か新天地かを考えながら立ち止まる50代の会社員 仕事と働き方

会社員生活が、気がつけば残り10年を切っていた。

若い頃は、定年なんてずっと先の話だった。
目の前の仕事をこなし、異動があり、役職が変わり、部下ができ、上司が変わり、組織の中でなんとかやってきた。

気づけば50代。
もう「まだまだ先」とは言えない年齢になっている。

このまま定年まで行くのか。
定年後は再雇用で残るのか。
それとも、どこか新天地を探すのか。

最近、そのことを考える時間が増えた。


会社に残ることは、悪いことではないと思う自分

まず思うのは、
会社に残ること自体は、決して悪いことではないということだ。

長く働いてきた会社には、慣れがある。
人間関係もある。
仕事の流れも分かっている。
自分がどう動けばいいかも、ある程度は見えている。

50代になると、
この「分かっている場所で働ける」ということ自体が、かなり大きい。

若い頃のように、
勢いだけで環境を変える年齢ではない。

体力も違う。
家族や親のこともある。
住宅ローン、老後資金、実家の問題。
抱えているものが増えている。

だから、会社に残るという選択は、
現実的で、堅実で、十分に意味がある。

「再雇用で残るなんて負けだ」
とは思わない。

むしろ、
生活を守るために残ることは、立派な判断だと思う。


でも、何も考えずに残るのは少し怖いと思う自分もいる

ただし、
何も考えずにそのまま残るのは、少し怖い。

定年まで流される。
定年後も、なんとなく再雇用を選ぶ。
給料が下がっても、役割が変わっても、ほかに選択肢がないから残る。

それは少し違う気がしている。

会社に残るなら、
「残るしかない」ではなく、
「考えたうえで残る」
にしたい。

同じ再雇用でも、
他の可能性を一度見たうえで選ぶのと、
何も見ずに流れ着くのとでは、
自分の納得感が違う。

50代の判断で大事なのは、
正解を一発で当てることではない。

自分で考えたという感覚を持てるかどうか。
そこが大きい気がする。


新天地に行くことも、簡単ではない

一方で、
新天地を探すことにも現実がある。

50代の転職は、
20代や30代の転職とは訳が違う。

求人はあるかもしれない。
経験を評価してくれる会社もあるかもしれない。
でも、年齢の壁は確実にある。

求められるのは、
伸びしろよりも即戦力。
教わる側ではなく、すぐに動ける側。
場合によっては、年下の上司のもとで働くこともある。

給料が下がる可能性もある。
今の会社で積み上げてきた立場を、一度手放すことにもなる。

だから、
「今の会社がしんどいから、外に出れば解決する」
とは簡単には言えない。

外には外の厳しさがあるのは承知している。

ただ、
それでも新天地を考える意味はあると考えている。

なぜなら、
今の会社以外で自分に何が通用するのかを考えること自体が、
人生後半戦の棚卸しになる
からだ。


50代は、自分の棚卸しを避けられない

再雇用か。
新天地か。

この問いを考えると、
結局、自分自身の棚卸しに向き合うことになる。

自分は何ができるのか。
どんな経験を積んできたのか。
どの仕事なら、まだ戦えるのか。
逆に、もう無理をしない方がいいことは何か。

会社の中では、
役職や部署や肩書きがある。

でも一歩外に出ると、
それらは必ずしもそのまま通用しない。

必要なのは、
肩書きではなく、説明できる経験だ。

何をしてきたのか。
どんな問題を処理してきたのか。
人とどう関わってきたのか。
数字や成果として言えるものはあるのか。
業界知識や資格として補えるものはあるのか。

50代になると、
こういう問いが急に現実味を帯びてくる。

これは少ししんどい。
でも、避けて通れない。


「残る」か「出る」かだけではない

以前は、選択肢を二つに分けて考えていた。

今の会社に残るのか。
それとも転職するのか。

でも最近は、
それだけではないと思うようになった。

会社に残りながら、
副業を小さく育てる。

再雇用を視野に入れながら、
資格や知識を足しておく。

今すぐ転職しなくても、
求人市場や業界の情報を見ておく。

親や実家の問題が重くなる前に、
不動産や相続の基本を少しずつ調べておく。

会社一本で考えるのではなく、
いくつかの線を同時に細く引いておく。

これが、50代には合っているのかもしれない。

大きく賭けるのではない。
一気に人生を変えるのでもない。

でも、
このまま何もせずに流されるのではなく、
少しずつ逃げ道と選択肢を作っておく。

そういう再設計なら、
今からでもできる気がする。


再雇用を選ぶなら、納得して選びたい

再雇用には、安心感がある。

慣れた会社。
見知った仕事。
新しく人間関係を作り直す負担の少なさ。
年金までのつなぎとしての現実性。

これは大きい。

ただ、
再雇用を選ぶなら、
自分の中で整理しておきたいことがある。

給料が下がったとき、どう受け止めるのか。
役割が変わったとき、納得できるのか。
年下の管理職のもとで働くことを受け入れられるのか。
自分のプライドと生活の安定を、どう折り合いをつけるのか。

ここを考えずに再雇用へ進むと、
後でじわじわ効いてくる気がする。

再雇用そのものが悪いのではない。

問題は、
自分の気持ちが置き去りになったまま、制度に乗ること
なのだと思う。


新天地を探すなら、勢いだけでは動かない

新天地を探すなら、
それもまた準備がいる。

今の会社が嫌だから辞める。
上司が嫌だから外に出る。
評価されないから転職する。

そういう気持ちは分かる。

でも50代の場合、
不満だけで動くと危ない。

外に出た先で、
本当に自分が何を提供できるのか。
どの業界なら経験が活きるのか。
年収が下がっても受け入れられるのか。
勤務地や働き方はどうするのか。
家族や親の事情と両立できるのか。

考えることは多い。

だからこそ、
いきなり辞めるのではなく、
まずは調べる。
求人を見る。
自分の職務経歴を整理する。
必要なら資格や知識を補う。
人に相談する。

それくらい慎重でいい。

50代の新天地探しは、
勢いではなく、準備で動くものだと思う。


会社員生活の残り時間を数え始めたら、人生全体が見えてきた

不思議なもので、
再雇用や転職を考え始めると、
仕事だけでは終わらなくなる。

老後のお金はどうするのか。
親の介護が始まったら働き方は変わるのか。
実家の家は将来どうなるのか。
副業は今から育てられるのか。
自分の健康は持つのか。
このまま年を取っていくだけでいいのか。

仕事の選択を考えているつもりが、
いつの間にか人生全体の話になっている。

たぶん50代とは、
そういう時期なのだと思う。

会社だけを見ていればよかった時期は、
もう過ぎた。

これからは、
仕事、お金、家族、親、実家、自分の老後。
全部がつながってくる。

だから、疲れる。

でも同時に、
ここで考え始めることには意味がある。


まだ結論は出ていない

再雇用を選ぶのか。
新天地を探すのか。

正直、まだ結論は出ていない。

会社に残る安心感も分かる。
外に出る怖さも分かる。
でも、今のまま何も考えずに年を取っていくことにも、
別の怖さがある。

だから今は、
答えを急がずに、
選択肢を一つずつ見ていきたい。

自分の経験を棚卸しする。
足りない知識を補う。
副業を小さく試す。
仕事以外の収入の線も考える。
親や実家のことも、見ないふりをしない。

それらを全部合わせて、
人生後半戦の形を少しずつ決めていく。


残るにしても、出るにしても、自分で選びたい

最終的に、
再雇用で残るかもしれない。

あるいは、
どこか新天地へ動くかもしれない。

どちらを選んでもいいと思っている。

ただ一つだけ、
流されて決まった形にはしたくない。

会社の制度に乗っただけ。
年齢的に仕方なかっただけ。
ほかに選択肢がなかっただけ。

そうではなく、
自分なりに考えたうえで、
残るなら残る。
動くなら動く。

50代の後半戦は、
派手な逆転劇ではないかもしれない。

でも、
自分の人生をもう一度、自分の手元に少し戻すことはできる。

再雇用か。
新天地か。

まだ答えは出ていない。

それでも、
考え始めたこと自体が、
たぶん最初の一歩なのだと思う。

このテーマも、会社員生活が残り10年未満になった50代が考える「人生後半戦の再設計」の一部だと思う。

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